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Channel: 猿払イトウの会
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昔は猿骨川は無かった?!

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タイトルでびっくりさせてしまいましたが…

その昔松浦武四郎が北海道サハリンを旅し(1844~1855年)「東西蝦夷山川地理取調図」を完成させました
先週の道庁訪問時、旧道庁を見学した際、思いがけずこの「東西蝦夷山川地理取調図」と出会い…
イメージ 1
(念願かないました!!笑)
で、さっそく猿払村周辺を見ると…????
イメージ 2
あれ!
ご覧の通り…「サルフツ」のとなりに「サルコツ」「シャレウコツ」の字が見当たらない…どころか猿骨川のサイズに当たる河川すらない様な…(縮尺位置に差異はありますが)
因みに鬼志別川・知来別川は記載されています

ただ良く見ると海岸線の地名には「シヤシウコツ」の字が…猿骨河口の位置と合致します
猿骨と猿払はその昔河口が同じ…山田秀三「北海道の地名」草風館 p.167 より引用によると…
シャレウコッは sar-e-ukot「葭原(川)が・そこで・くっついている(合流している)」と読まれるので,つまり合流点のことだったのではなかろうか。それが北側の方の川の名となり,猿骨川の名のもとになったのではなかろうか。
とある…アイヌ語からの訳は適切な感じがしますが…この地図を見ると極小河川も記載されているのに、なぜ猿骨川は河川、河川名も無いのか不思議ですね~



この「東西蝦夷山川地理取調図」を見ると現在の1級河川に当たる河川は支流群も詳細に記載されているが…2級河川特に河口域が広大な湿原河川は支流群がかなり省かれている感じがします…湿原は今も昔も人の侵入を拒む物だったんでしょうね…

話はそれましたが…地図にある「サルフツ」河口の湖沼群の奥「トイトコ」と書かれている付近の河川が猿骨川の様です…
因みに「トイトコ」とは沼の源、沼の奥と言う意味の言葉の様で各地に存在しますので河川名では無い様です…

興味がわくアイヌ語地名ですが誰が何時どのような方法で調べたかによりかなり河川・地名が変わる様です
この写真で言うと猿払川支流に現在「チライカルシナイ」と言う河川名は残っていません…アイヌ語河川名が残されていない河川が有る中、ここは1980年代?の地形図にはアイヌ語河川名が残っているにも関わらず、全く違う…
「東西蝦夷山川地理取調図」によると上流から(ホロナイを現在のポロナイとして考えた場合)
ルウシヨシへツ~ホロナイ~トモマへウ~チライカルシナイの順ですが…
1980年代の地形図では河川サイズ的にポロナイの上流側の小支流を省くと
石炭別川~ポロナイ~ポンポロナイ~トマオマンペナイの順になり
現在の河川図だと
石炭別川~ポロナイ~6号線川~ポンポロ川の順になります…何だこれは??
最近の位置、縮尺が同じ地図でもかなり違う…●号線川への変化はしょうがないにしろ…
どうしてトマオマンぺナイがポンポロになるのか??
ポロナイ(ホロナイ)大きい川の意から~ポンポロナイ(小さい(子)のポロナイの意~で次ポンポロ??あれ??
なんか変??

それはさておき…チライカルシナイは現在の何処の川(支流)に当たるのか??今となっては謎ですね

そもそもホロナイが現在のポロナイとは限りませんし
トモマへウの意味もさっぱり分かりません(笑)たとえば…トーオマへツだと…
(ベツをナイに置き換えると(どちらも沢川の意)
アイヌ語のトーオマナイに由来するといい,「沼がそこにある沢」の意。(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1003 より引用)
となりしっくり来ますが…位置が問題でポロナイの下流側にあります、これがポロナイの上流側に位置すると
三線沼に注ぐ沢辺りの地名で一件落着なのですが(笑

様々な年代、研究者・解釈の元各地のアイヌ語地名が現在に至っているようです、
 
私が引用した書物・資料そして東西蝦夷山川地理取調図は市立図書館などで閲覧可能です
稚内市立図書館を利用し調べました東西蝦夷山川地理取調図もありました!!灯台もと暗し(笑でも感謝!!


そんなこんなで、
東西蝦夷山川地理取調図の猿払川の支流名にチライ(アイヌ語のイトウ)の名が有って
ちょっと嬉しいBBKでした






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